明るい生活の暗い日記

スピードが足りない

221124

近所に住む友達とお茶をした。この調子でいけば、今の彼氏と結婚しそうだというような話をしていた。それを聞いて、何故か目が潤んでしまった。何故か、ではない。理由は明白だった。

彼女は波と付き合いのある人だった。それは外的要因によって訪れたり、あるいは理由もなくもたらされたりするもので、彼女はそれに乗ったり飲まれたりしていた。彼女にとって結婚は、波を小さくして制御することや、波の来ない島に拠点を構えるようなことに等しく、自身でも「逃げた」と表現していた。わたしは、彼女が波から逃げない人だと勝手に思っていた。程度に違いはあれど、共に波に抗う者であり、ともすれば、友人知人の中で最も波を自身の糧としている人だと信じていた。彼女は波から逃れた自身のことを許していると言っていたが、報告を受けて言葉に詰まったわたしを見て、許せない自分と重ねてしまっただろうか。わたしは上手に祝福の言葉を述べれていただろうか。

「まだ波の中にいるxxにこれを言うかは迷った」「ごめんね」と気遣いをさせてしまった。波との付き合い方を変える彼女自身もまた、その適応に追われていると言うのに。わたしはいつか波を乗りこなせるようになるだろうか、あるいはどこかの島に辿り着くことができるだろうか。山に囲われて海の見えない京都市でそんなことを考えていた。

おわり

221123

あにお天湯氏のチェキ会へ行った。休みの日とうまく被っており、かつ京橋のスタジオでの開催ということで、東京に拠点を置く彼女に謁見を賜るまたとない機会に思え、足を運ぶことにした。

あにお氏のことはミスiDの頃から知ってはいたのだけれど、グラビア活動を始めてからのツイートがとても面白く、そこでより興味を持ってファンになったことを覚えている。

彼女を知るまでは、グラビアは身体性に重きを置いた、もっと言えばそれ以外は求められない仕事だと思っていた。それは男性の性的欲求を金銭に変え相互に搾取し合うものでありながら、グラビアアイドルたる女性は金銭では代替不能かつ不可逆な若さや尊厳といったものを消費される、歪な構造の下にあると、言葉にするまでもなく信じて疑わなかった。その通念に対して、あにお氏は風穴を開けようとしているように見えた。

「肉体は魂の器に過ぎない」というような言説がある。それ自体はごくありふれたものなのだが、あにお氏はそのような旨のツイートを度々行っていた。身体性を売りにするはずのグラビアアイドルがそういった発言をしていることが、やけに面白く思えた。

グラビアアイドルが「私で抜いたなんて言わないでください!」というようなメッセージをファンに対して発信することがある。グラビアに明るくないので具体的にいつの誰がどうとは言えないが、そういうことがしばしば起こるというのは耳にすることがある。そういったものを見聞きする度に、男性の自慰に使われてしまうことは織り込み済みのお仕事でしょうに……とも、だとしてグラビアアイドルという極めて絶妙なラインをいく彼女達に「抜きました」と報告する男性のデリカシーの無さにはドン引き……とも思わされてきた。そんなどうしようもない繰り返しの中で、あにお氏は「抜ける抜けない以外のものがあるでしょうよ」と根本を覆すようなことを言っていたのだ。

実際、彼女の活動は目新しいように思えた。どのようにすれば身体が美しく見えるかを考えるのは勿論のこと、単なる肌の露出に止まらないファッショナブルなアプローチや、詩性からあにお氏の世界観を拡張するような手法も採っていた。先のファッションに関しても、画一的な清楚像をなぞるのではなく、彼女自身が良いと思ったのであろう色とりどりの可愛いが散りばめられており、ピンク色に染めた腋毛は一つの極北だろう。それらが猥雑でないエロさ、女性の身体の美しさ、生命力、神秘的なものと合わさって、無二の表現として魂を揺さぶってくるような、そんな印象を受ける。

あにお氏の活動が通念を打ち砕く力があるかはわからない。ともすると、既存の枠組みの中でカウンターとして消費されてしまうかもしれない。それでも彼女が標榜するような美しさは確かにあって、わたしはそれを感じているつもりで、安易に消費されるべきではないものだとも感じている。だからこそ、彼女の活動を支持する為にも微力ながら金銭を支払うべきだろうと思い、チェキ会へと向かった。

スタジオに入ると、あにお氏とお友達風のスタッフ2人と先客がいた。先客が退出し、お喋りをしながら写真を撮ってもらう。関西弁が珍しいのか、喋ること一つ一つにスタッフと一緒にウケてくれる。えらい気使われてるな、と思った。名前を尋ねられ、「明るい生活いう名前でTwitterやってます」と言うと「あ〜明るい生活!」「ルキアアイコンの!」「毎日ブログ書いてるよね?」と言われて驚く。リプライを飛ばしてコミュニケーションを図るようなファンではないのに、覚えているというか、アカウントを見に行くものなんだな。「わたしのことめっちゃ好きでしょ?」と言われて、「そう!めっちゃ好き!」と肯定する。先述の内容をギュッと縮めて「魂を揺さぶるようなアプローチが好きだ」というような返事をしたら、「魂無いとグラビアやれないからね」と返ってくる。話題はすぐに別のものへと移り変わったが、やっぱあにお氏はかっこええな……と思わされた。

物が欲しいタイプのファンではないのでチェキにも特に興味は無かったが、あにお氏が何らかの思いを込めて何かを書き綴ったものを受け取れるということには相応の価値を感じた。しかし思うに、1枚1000円や2000円のチェキで支えられる部分など極々僅かで、チェキ会はファンとの交流に重きを置いたサービスのような活動なのだろう。それ故にこそ、あにお氏の誠実さを感じた。DMMで買える写真集とnoteくらいでしか彼女の活動を支援するようなことがこれまではできなかったが、今後もこのような機会があれば参加したいと思う。

今までは画面の向こうの存在として、虚構と実存の狭間のようなイメージがあったあにお氏と対面することができた。喜びも悲しみも他者との交わりの中にあるが、最も感情の強度が確かなものになるのは対面を置いて他に無いだろう。大阪に来てもらえて嬉しかった。また来てもらえるといいな。

f:id:Halprogram:20221124005157j:image京橋 グランシャトー ツーチェキを載せようかと思ったが賜り物を無闇に公開するのも不粋な気がしてやめにした 他の人は好きにしたらいいが

しかしあにお氏はかわゆかった。ガーリーとギャルの狭間をいく感じ。昔は撮影会イベントをやっていたみたいだけれど、水着じゃなくてとびきりのおしゃれをしたあにお氏を撮らせてもらえるようなイベントがあったら嬉しいなあ……と思わされた。彼女のお友達が羨ましいね。

おわり

221121

"ちんこ岩という謎の岩に関するエピソードトークを披露され、恐る恐る「ちんこ岩って何ですか?」と尋ねたら、滑舌が悪くて新小岩がちんこ岩に聞こえていただけだった"という話を随分前に披露してくれた先輩に「ちんこ岩の話覚えてます?」と尋ねたら全く記憶に無いと言われ、仔細を伝えたら新鮮にウケていて怖かった。あんたが言うてた話やで。

f:id:Halprogram:20221121234752j:imageいい落書き
f:id:Halprogram:20221121234800j:imageこんがり

おわり

221120

4年ぶりの友達と会った。前に会ったときは、移転前のみなみ会館で『パターソン』を観たよねという話をしたら「そんなロマンチックなことしてたっけ!?」と驚かれた。してたよ。当時は退屈な映画に思えて鑑賞中とても眠たかったものの、「詩を翻訳することはレインコートを着ながらシャワーを浴びることに等しい」という台詞があって、それがとても良かったことを覚えていると伝えたら、友達も退屈に思っていたものの配信サービスで再度観たらとても良かったと言っていた。全体を通してピンと来なくても、ひとつでも忘れられないシーンや台詞がある映画というのは、実はとてもいい作品なのかもしれない。わたしはもうすっかり忘れていたけれど、向こうはずっと(?)謝ろうと思っていたことがあったみたいで、 そのことを謝ってもらって、それを許した。あの頃のわたしへ、謝ってもらえてよかったね。総じて4年の空白が熟成させた時間だったように思う。会えてよかった。

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おわり

221119

このところ毎日寂しくて仕方がない。起き抜けにシャワーを浴びて身体を温めるも、胸の奥が冷たいままのような、そんな感覚が残る。出勤前にコンビニでホットココアを買った。ホット缶を懐炉代わりに握りしめながら駅まで走る。ホームの冷たい空気に触れたココアから立った湯気が白む。飲みきれない熱さを覚悟して口にしたそれは、想像の数段下をいく生温さで、扱いに困る甘さが口の中いっぱいに広がった。時間にして僅か十数分の出来事だったが、わたしの半生を象徴しているように思えて仕方がなかった。いつまでも温かくいてくれると思っていたものは、わたしの手の中でいつのまにか冷たくなっていて、それでも表面的には温かいように見えてしまったから無邪気に口に含んで、そこでようやく取り返しがつかなくなっていることに気づく。粘度の高い甘ったるさを嚥下できないまま、今日がまた終わる。

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おわり

221118

「なんで真面目なのに真面目じゃないふりしてるの?勿体ないよ」とバイト先で社員から尋ねられる。露悪ヒューマニスト仕草は簡単にギャップポイントを稼げて良いという話をしたが、今ひとつ伝わらなかった。なんというか、少しずつ斜に構えることをやめていく時期なのかもしれない。シャンと背筋を伸ばして胸を張ることを、これからはやらなければならない。熱とスピード、わたしに欠けているこれらを獲得するには、そういうことが必要なのだと思う。

キショバカが新しく入ったバイトの院生ちゃんにお熱になっているので、それとなく彼氏の有無を聞いて有ならそれをキショバカに伝えて諦めてもらって、無なら対策を練りましょうという話になった。「キショバカがいないタイミングで、わたしが恋人がいるていでデートプランについて話すので、そこから院生ちゃんおすすめのデートプランを聞いて、流れで彼氏の有無も尋ねましょう」と提案したところ、3年目と激ヤバ新入社員とボスが「天才」と褒めてきて驚く。誰が逆算してもこうなるやろ。というか恋人がいるふりをするのがかなり苦しいのだが。

3年目が「昨日生活さんに嫌われる方法を考えたんですけど、生活さんに恋愛的な好意を持たれているって言いふらしたら嫌いになりますか?」と尋ねてくる。「わたしがあなたに恋愛の好意を向けていないことは明らかだと思うんですけど、そんな嘘までついて自分に興味を持たれないようにするのはもうかなり面白いので、嫌いになりませんよ」と伝えると、「これでもダメか〜〜〜」と笑っていた。あんたほんまにおもろいな。帰りの電車で、人と喋ることが本当にだるいという話と、真面目ぶっているけれどこの前全然寝坊してなかったのに家でONE PIECEのウタの歌を歌っていたら遅刻したという話と、毎日イヤホンがどこにあるかわからなくなって出勤前に慌てて探しているという話を聞いた。味わい深くていいですねえと返したが、ピンときていないようだった。

なんというか、わたしの愛の伝え方が一方通行というか、独りよがりだなあと思うことが増えた。あと、人の嘘を許すことが難しくなって、とにかく悲しく思うようになった。

元気が出ないときはPOØPY藤原の大学出たうんこを見るようにしているんですけど、これを見てもあまり元気が出ない。本当に困った。寂しいよ。

この前夜に撮った写真、ブレとピンボケが酷い写真が結構あったのだけれど、それがなんというか味になる被写体の人だったので本当にすごいなあと感心している。感心しきりです。

おわり

221117

疲れた。人の写真を撮る予定をグッと詰めたので、まあ当然か。あと今まで感じたことのない、あるいは行動によって感じる場面を避け続けてきたのかもしれない感情が湧き上がっていて、その扱いにも困っている。扱いというか、時間をかけてやっていくより他ないのだが。日記とは題しているもののhatenablogは他人様に見せているものなので、1から10まで書くのもなんだかなという思いが元からあったものの、それを近頃強く感じる。近くに感じていた人が遠くに行ったり、遠くに行ったような人が近くにまた来てくれたり、そういうことがありますね。会ったら全部喋るからさ、あなたもいつかわたしと会ってください。今日は1200円のカニを買って、前に買った1000円のそれと違ってミソがそこそこにあったのが嬉しかったです。

この相互が最近結婚したらしい おめでとう

『ignited』ではなく『beLIEve』でした

感情が勝ったときってどうしたらいいんですか?

DRIVE

DRIVE

おわり