明るい生活の暗い日記

スピードが足りない

220730

同期が流行病の濃厚接触者となった為、今日は久々に歳下上司にゃんとバツイチとの3人勤務だった。事業所2では最近席替えが行われた様で、今まで隣にいたバツイチが同期の席と入れ替わることによって、歳下上司にゃんがバツイチを囲い込むような形の女の連帯が生じている。ここは歳下上司にゃんの機嫌が全ての職場なので、バツイチが人柱となることによって安定がもたらされた様に感じる。週に1回パートでお邪魔する分には非常にありがたいが、同期はどんな思いで働いているのだろうか。

同期欠勤の皺寄せで、4ケースを担当することとなった。非常勤をこき使う間に、常勤がまったりと仕事準備に取り組むだなんて!という憤りが一切ないとは言えないものの、この分担には職業冥利に尽きる理由があったので溜飲を下げることにした。やりがいがあったことが良かったのとは別で、疲れたので二度とやりたくはない。

ここ数週間ご機嫌ナナメだった歳下上司にゃんは、交際相手である事業所1のボスの入院が嬉しかったのか、幾分か機嫌が良かった。「働き過ぎていたのだから、これを機に休めばいい」そういった旨のことを何度か言っていた。しばらくご遠慮していたご機嫌伺いの装飾品褒めを行ったところ、芳しい反応が返ってきた。良かった。

帰りの電車の中で、バツイチから公認心理師資格試験の受験資格の救済措置があったことを教えてもらう。所謂隙間世代と呼ばれる、特定期間に心理学系学部の卒業及び心理学系学科修士課程を修了してしまった、公認心理師の受験資格の対象外だった者に、受験資格を与える審査を行うとのことだった。バツイチが何の気なく発した言葉により、空は破れ稲光が走り、視界のネガポジが反転するかの様な、筆舌しがたい衝撃を受けた。

院生の頃、公認心理師の受験資格の為の単位の読替を学部ゼミの教授に頼んだが無理だったと院の先生に話した際に、「君は、君の人生の可能性が閉ざされるかもしれないというのに、どうして平然としていられるの?もっと泥臭く土下座でもしてこいよ。ちょっと腹立つわ」と怒られたことがあった。由緒正しい臨床は取れたし、なるようにしかならんのやから、あかん時はあかん時やろ……と内心では思ったものの、この先生の熱さが羨ましいなとも思った。こういう人が心理士として成功するなら、自分は資質に欠けているのではないだろうか。この疑問に答えが出せないまま、そういう仕事で飯を食うに至っている。いつまでこうしていられるかはわからないが、続けられる内は続けようと思う。

千載一遇の機会が舞い降りたにも拘らず、気分は晴れない。公認を持てずに臨床一本でやらざるを得ない状況に、どこか酔っていたのだと思う。そして、審査には尋常でなく煩雑な事務手続きが必要であることが、この気怠さを加速させている。院生の頃は、学会等の事務手続きは仲良くしていた人に任せっきりでいた。臨床の受験も、院の事務員に手取り足取り教えてもらってようやく申請ができた。端的に事務手続きが不得手なのだ。いや、これは建前で、人生を左右する大きな機会に尻込みしているのかもしれない。手続きが面倒で嫌なのは本心だけれど。誰か1万円くらいで申請手続きを代行してくれないだろうか。とりあえず、明日はきちんと書類を読み込もうと思う。府の臨士会の入会手続きもいい加減にやらんといかん。夏休みの宿題は8月31日まで残すタチだったが、紙にあれこれ書いてポストインする位のことは7月31日に終わらせたい。

BLEACHの熱心な読者のTwitterの相互フォロワーが、スペースでBLEACHの話をしていたのでそれを聞く。相手役となる人がおり、生のコミュニケーションを取るのは初めてとのことであったが、事前の打ち合わせや丁寧なオリエンテーションの確認もあってか、聞いていて楽しいものだった。途中、事実確認が求められる場面があり、相互フォロワーのスピーカー申請を受け付けていたこともあって、わたしが知っている情報を伝えようとリクエストを送ったものの、TLに情報を流せば気づくだろうと思い直しリクエストを取り下げることがあった。それに気づいたスピーカーが、リクエストを無視したことを申し訳なく思う旨の発言をしていた為、「お気になさらず……」と言うだけのつもりでリクエストを再送してしまったのだが、これが誤りだった。当初の目的こそ果たせたものの、引き際を見誤りスピーカーとして居座ってしまい、出来あがった場の力動に部外者の自分は馴染むことができなかった。これは仕方のないことで、場面が違えば楽しく話すこともできたのかもしれないが、完全に水を差してしまう形となった。

今日はわたしが生まれてから9999日目にあたる日らしい。以前、生まれて10000日目チェッカーのようなもので調べたら明日がその日で、その前日である今日は4桁最後の日となる。だから何ということもないが、今日は半生の総括のような1日だった。やりがい搾取で低賃金労働に勤しみ、気分の波が激しい女をチヤホヤし、喉から手が出る程に欲しかった国家資格を取得できるかもしれない好機に尻込みし、好きなものを題材としたコミュニケーションの場の力動を読めずに白けさせ、実家では両親と顔を合わさず、日付ギリギリまで自分で設定した日記の締切に追われヒーヒー言って、向こうしばらくもきっとこんな感じなのだろう。4桁が5桁に切り替わることに内的な意味以外のものなどなく、ただ連綿と続く日があるだけだ。

7月30日、ナザレの日。ラジオバンダリーの冒頭みたいでしょう。思いついたので最後に書きました。

おわり