明るい生活の暗い日記

スピードが足りない

220530

おばあちゃんの霞んだピンク色のブラウスがよく似合っていた。30年モノだとのことで、いつ破れるだろうかと思いながら着ているが、中々その時が来ないらしい。80余年のおばあちゃんの半生の、殆ど半分がこのブラウスと共にあったと思うと、不思議と妙に有難い物のような気がしてくる。私は腕短いから七分袖で丁度いいんだとか、加齢で腹周りが出てきた為にウエストを緩くしたとか、これまた味わい深いエピソードも飛び出した。人間には生きた年数分の厚みがあるので、老人と話すのは面白い。これ、昨日も書いたな。

同期と一緒に帰っている途中、駅で学部の同級生に非常によく似た人間を見かけた。同級生といっても言葉を交わしたことはなく、とにかく老け顔の男ということでこちらが容姿を一方的に覚えていただけなので、名前も知らない彼かもしれない男性に声をかけることもなく、群衆へ溶け行く背中を見送った。二度と顔を見る事はないと思っていた、正確に言えば忘却の彼方にあった人物、もっと言えばご本人か定かでもない人間とすれ違っただけのことで、頭の中でモヤがかかったかのようになっていた大学生活の情景が洪水のように溢れ出した。この手の妙な感動がわたしの大好物であることを同期はよく理解してくれているようで、馬鹿にするでもなくうんうんと頷いてくれていた。

先の邂逅から話は派生し、友達ではないが印象に残っている学部の同級生について、名前と簡単な紹介エピソードを添えて何人挙げられるかを競うゲームで同期と勝負した。同期が想起した人物の名前とエピソードを精緻に思い出すことは最早叶わないが、彼が少し距離を置いて関わった人物の名前とその印象がセットになった際の手触りが非常に心地良く、とても楽しい時間だった。辛うじて覚えているのは、多動が強くよく床で丸くなっていた女がいたということ位だ。ハタチを超えて床で丸くなる人、大変だろうな。ゲームは15人を思い出した同期の勝ちで、情景の洪水が記憶を押し流したのか、発起人にも拘らずわたしは両の手で収まる程度の人数しか挙げることができなかった。負けたことよりも、保健の講義でノートをコピーさせて貰ったシノちゃんの苗字が思い出せないことがもどかしい。

「自分達でやるのも楽しいですけど、このゲームを他の人がやった時に自分が何て言われてるか気になりませんか?」「それはめちゃくちゃ気になりますねえ」

こんなゲームが他所で開催されることがあるのか、そういうことをさて置いて勝手な願望をあれこれ言い合った。大学生の頃だと、V麺のなり損ないみたいな容貌をして、京田辺には必修以外では滅多に行かず、今出川にばかり遊びに行っていた。仮に学部の同級生がこのゲームをやっていたとして、どんな思い出し方をされるだろうか…考えただけでゾッとする。願わくは、保健のノートをコピーさせてくれたシノちゃんが、苗字だけでも覚えていてくれたら嬉しい。

f:id:Halprogram:20220530235359j:image京田辺別館の落書き

おわり