祖父は毎日日記をつける人だった。定年退職後から始めた趣味だったと聞いた覚えがある。初めはワープロで、ワープロが廃れてからはPCのWordで、わたしや従兄に操作方法をよく尋ねていた。書いた日記はプリンターで印刷し、ファイリングして棚に並べられていた。何となく、祖父が生きている間に読むものではないような気がして、Wordの操作を手伝う際に覗き見た原稿以外を読むことはなかった。
祖父が亡くなる年の正月だったか、日記を処分したという話を本人から直接聞いた。当時の祖父は癌に侵されながらも辛うじて生きているというような様子だったので、何故処分したのかと尋ねるのも野暮に思え、そっか〜と曖昧に返事をしたように思う。
遺品整理をしても、祖父の日記は殆ど出てこなかった。病院に緊急搬送される直前の、処分し損ねたものが数枚残されており、読んでいて辛くなるような病魔と戦う祖父の様がありありと綴られていた。
祖父の人生とはどのようなものだったのだろうか。いつだったか、四条の呉服屋の三男坊だったと聞かされたことがあり、呉服屋のごの字も感じられない家の雰囲気であったことから大層驚いたことを覚えている。
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— 岸政彦 (@sociologbook) August 16, 2022
岸さんの『壮快』のツイートでそのことを思い出した。おばあちゃんが元気になったら、聞かせてもらえるといいな。
おわり