明るい生活の暗い日記

スピードが足りない

『LIVE!キョートリアル 出版記念的チュートリアル ―再起動(リブート)―』感想

2023年5月21日、KBSホールで開催されたチュートリアルのラジオ番組『キョートリアル!コンニチ的チュートリアル』の公開録音を聴きに行った。

今回の公録は、2019年末に出版が予定されていた番組本が、徳井の活動自粛に伴い一旦白紙となったものの、放送1000回や20周年記念を経て企画が再起動し、出版に漕ぎ着けたことを祝うイベントだった。

極めて個人的な歴史として、わたしは小学生の頃に塾帰りの母が運転する車の中で『キョートリアル!』と出会った。M-1チャンピオンになる前ではあったものの、関西圏では既に有名な芸人であった彼らが京都出身であると知ったのはこの番組でのことだった。子供にはよくわからない話が多かったが、かっこいいお兄ちゃん達の話を隣で聴かせてもらい、少し大人になったような、背伸びする感覚になっていたことを覚えている。その後、中学から高校にかけてラジオとは縁遠くなってしまい、『キョートリアル!』との再会は2014年頃まで飛ぶことになる。何故再び聴き始めたのか、それを思い出すことは最早叶わない。ただ、耳馴染みの良い会話がそこにあった。その後、2021年にディレクターが変わるまでの間は殆ど毎週番組を聴いていたように思う。わたしが成人を迎え本当に少し大人になるまでの時を同じように歩んだチュートリアルの二人は、世間ではおじさんと呼ばれ得る年齢になったにも拘らず、わたしにとっては変わらずにかっこいいお兄ちゃん達でいてくれて、それが本当に嬉しく、心地よかった。

『キョートリアル!』の素晴らしきは、深夜帯の芸人のラジオ番組であるにも拘らず、芸人芸人した雰囲気を有していない点にあるように思う。チュートリアルが既に中堅からベテランの域に差し掛かっているというのも勿論あるのだろうが、それを差し引いても、である。お昼のローカルタレントの番組と深夜の芸人番組の間を行くような味わいがあるのだ。"地元京都からチュートリアルの全国区メディアでは見られない素顔がラジオの中に弾けます。"とは番組公式Twitterのbioからの引用だが、まさしくそのような点がアピールポイントであると理解してのことだろう。

本当にどうということはないのだが、『キョートリアル!』でのトークで非常に印象に残っているものがある。2015年頃だろうか、家電量販店でTVを買ったついでに半ば強引にFire TV Sticも買わされた福田だが、機械音痴が過ぎる為に自宅にWi-Fi環境が無く、スマホのテザリングでネット番組を視聴しようと試みるも、電話オペレーターに「無理です」と一蹴され、「小さいエンジン発電機で家の電気賄おうとするようなもんやで」と徳井に大笑いされるも、「そんなもん(Fire TV Stick)買わすなら家にWi-Fiあるか聞けや」と福田が店員に文句を言う、というものである。文言の仔細に正確でない部分はあるだろうが、大筋は合っているはずだ。この飾らなさとくだらなさが、わたしにとって先の番組らしさを象徴しているエピソードトークなのである。そのどうということのなさが、たまらなく愛おしいのだ。そういった傑作(?)(?とするのは失礼だが)トークの中から京都の街や二人の人生に焦点の当たったものを中心に集めたものが、『キョートリアル!自伝的チュートリアル』として、この度出版されたのである。

本の説明欄にうちが送ったメッセージが載ってる 嬉しいね

当日の出来事に話を戻そう。イベントはKBSホールがほぼ満席となる程の大盛況だった。約3時間、二人やゲストとのトークに笑わされっぱなしだったように思う。まあこのあたりの楽しさは今週と来週(のはず)の放送を聴けば伝わることなのだが、十数分程度だろうか、チュートリアルの二人と会場の空気がえらいことになっていた時間があった。番組本の編集をされていた北条俊正さんを交えたトークコーナーである。

「様々な肩書きを有しているが、チュートリアルとは一リスナーとして仕事をしたかったので、そのことは伏せていた」という旨を冒頭で北条さんが話すと「いやいや、言うてくださいよ」「ようわからん怪しいオッサンやと思ったやないですか」と二人が返す。この時点で既に会場には緊張感が走っているのだが、わたしには北条さんの主張は十二分に了解可能なものであり、この人は純粋にラジオが好きなのだろうと、そう思わされた。その後もチュートリアルによる質疑から微妙に逸脱した応答を北条さんは続けていて、観ていて妙に興奮したのを覚えている。極めつけは、「『キョートリアル!』は純文学」という発言だ。北条さん曰く、『キョートリアル!』におけるチュートリアルの会話は純文学的なのだという。これにもチュートリアルの二人は強い違和感を表明していた。わたしは、北条さんの主張に首肯せざるを得ないなと思った。先の"芸人芸人していない"という記述とも重なるが、『キョートリアル!』ではチュートリアルの二人の飾らないトークを中心に番組が展開される。その1回ずつも勿論そうなのだが、それが20年もの歳月を重ねる中で、描写の蓄積とでも言うのだろうか、「あの時はあんなだった二人が今ではこんなだ」とか、「もう何年も経っているのに二人は全然変わってない」とか、一見すると何でもないような日々の断片だとか、そういった素朴で美しい事実の証左となる語りが、決して派手なそれではないが、確かな輝きを放っているのだ。わたしはこれを、エスノグラフィーや生活史的だと感じていたのだが、そこに物語性を見出して純文学と評したくなる気持ちも理解ができた。会場の空気こそえらいことになっていたが、北条さんもまた『キョートリアル!』を愛する一人のリスナーであり、それ故にこのような素晴らしい番組本が出たのだろうと思わされた時間であった。

『キョートリアル!自伝的チュートリアル』の北条さんによる編集後記には、以下のような一節があった。

僕らの町のチュートはその後、全国区になっていく。

ただし「キョートリアル!」だけは、世界線が違っていた。全国制覇をはたしたはずの彼らが、このラジオでは京都市左京区の二人のまま、時に徳井妹あっちゃん、時に北稜高校同窓生たちと共に、20年間、休むことなく放送し続けた。(20年間で放送休止になったのは、東日本大震災の報道特別番組に切り替わった、2011年3月12日の一度だけ)

20年前も今も「キョートリアル!」は、まるで地元のパン屋みたいなもんだろう。地元のパン屋のパンが毎週食べたくなるように、京都人なら毎週千枚漬けが欠かせないように、僕らには毎週、「キョートリアル!」が必要だ。

『キョートリアル!自伝的チュートリアル』266,267頁

確かに、そうなのかもしれない。ディレクターが若い人に変わり、番組の雰囲気もガラッと変わったような気がしてご無沙汰になっていたというのがここ2年程のわたしと『キョートリアル!』の関係だったが、どこからか番組本が出ると聞きつけ、直近数回は放送を聴き公録に臨んだ。放送も公録も、言うまでもなく楽しい時間だった。それは、お気に入りの漬物屋の代替わりに伴い、「なんか味変わったなあ……」と文句がついてしばらく食べなくなったものの、久しぶりに口にしてみると「やっぱりうまいな!」となるような、そんな感覚に近かった。

f:id:Halprogram:20230524040327j:image本筋とは全く関係ない話なのだが、「芸人本といえばこの人でしょう!」という理由でゲストに呼ばれていた麒麟の田村裕が、自身の漫才の中で一番好きなツッコミとして挙げていたのが、2005年のM-1の決勝で披露したネタの一節であった。その際の川島のボケが、当時阪神タイガースに所属していた桧山進次郎のヒッティングマーチの替え歌(「ホームラン打てるか田村」のアレ)で、その桧山の出身が京都であることの偶然の付合に奇妙な感動を覚えた。この番組は、そんな力(どんな力?)も持っているのか!と驚かされた。

f:id:Halprogram:20230524040353j:image思わず涙が溢れてしまうようなメッセージだった 番組が末長く続きますように

おわり